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2024 4月 8日コラム(講題): 桜と、繋がる人達

 
 今か今かと気を揉んでいましたが、一気に桜は咲きました。少し雨なども降り、ぐずついた日もありましたが、今年はその姿を存分に見せてくれた年といえるでしょう

 私も、公的な行事と私的な振舞を併せ、何度かお城山と呼ばれる鶴山公園に足を運びました。そこには、これまで息を潜めていたコロナ騒ぎが、一応収束したという世の中の空気が少なからず影響しています。公的にも、他都市からのお客さんを招き鶴山の桜を眺めてもらえるようになったことは、このまちにとっては大変喜ばしいことであり、また、有難いことだと思います。

 一方、個人的にはこれまで長い間、エンジニア仲間に声をかけて続けてきていた夜桜を見る宴を、5年ぶり(恐らく)に再開することができました。旧知の人に加え、最近資格取得した人達に声をかけ、鴨鍋を囲んで交流を深めました。その中には、この集まりのためにわざわざ鹿児島から足を運んでくれた人もいます。このことには、いつもながら感謝するばかりです。本当に有難いことです。

 手前味噌ですが、この資格を取得し、志を持ちながらあと一歩届かない人達を支援してきて良かったなぁと思います。また、その活動を通したご縁をいただきましたが、そこには巡り合う時期や私の置かれた状況や精神的な背景など、多様な条件がマッチして現在のような人間関係が構築されているのだと思います。それは、たくさんの偶然と多くの必然がまじりあって出来上がったものでもあります。

 そうした意味から、ご縁というような言葉を使いました。その中で少し触れてみたいことは、最近資格を取得したような若い人とベテランと言われる人達を繋げることによって、良い意味での化学反応が起こるということです。それは、主に若い技術者の方に起こります。大体において、彼らは平素業務を行っている組織以外の人との関りは薄く、多様な分野の先輩たちと話をすることは意義深いことだと思います。

 今回も、参加してくれた人達からは、視野や考え方が広がったという感想をもらいました。実際、この資格を取得することによって、他分野の人との交流機会や刺激を受ける機会は格段に広がります。そのことは、これまで私が生きてきた中で強く感じていることでもあります。そのような意味からも、また、私自身が心から楽しめる宴として、これからも出来得る限り続けていきたいと考えています。

 一方で、そのような人とのつながりを考える時、その関係性をどのように表現したらよいのかと考える時があります。私は、ここまで述べてきたような人達、所謂、私が会いたいと思う人達に関していえば、友情のようなもので繋がっているのではないかと思います。しかしながら、友情という一言で表現できる関係でもないように思います。そこには、当然ですが利害関係を超えた何かがあると思うのです。

 また、その結びつきの支えとなる感覚には、年齢差なども関係ありません。ただ、.お互いの人間性や価値観に基づいて、出来上がっていく情愛のような感覚が根底をなすものだと思います。この理屈だけでは割り切れない感覚について述べるには誌面が足りません。また、この場では、そのように理論的に背景を論ずることよりも、直感的な私の思いを語りたいと考えています。

 ところで、この、情愛とか友情に関する考察は、河合隼雄が「大人の友情」という著書で行っています。話はそれますが、この人は、考えれば考える程表現することが難しい人間の内面に関する事柄について、なるほど~と納得させてくれる数少ない表現者でもあります。うまく言えませんが、その背景にも、その人自体が持つ人間性が大きく投影され、他者に影響を及ぼすようなことがあるのだと思います。

 因みに、私自身があいたいと思う人は多岐に渡ります。また、そこには年齢とか性別などという条件もありません。どちらかといえば、年長者というのか、私より年上の人の方が多いかもしれません。そうした動機で面会のために足を運ぶ時、じじいがじじいに会いに行く~などと心の中で嘯いたりすることもありますが、既に鬼籍に入られた師匠や先生方を含めて年長者に会いたいと思う傾向はあります。

 もちろん、単に年を取っていれば良いということではありません。繰り返しになりますが、年齢差に関係なく「この人に会いたいなぁ」という想念が自然と湧き上がってくるものです。余談ですが、今回のエンジニアの宴にも、一人だけ門外漢ともいえるかつての同僚(期数は先輩)も参加してもらいました。それも、私の勝手なつごうですが、とても楽しい一時を共有してくれたことに感謝しています。

 大谷のドジャースを、今永が抑えている状況下、雨による試合中断の再開を気にしながらキーボードを叩いています。少し、とりとめの無い話になりましたが、桜の花から想起される思いを綴りました。予想される今日からの雨を受け潔く散っていくとは思いますが、愛おしい花ではあります。

 

                       
          
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