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これまでのコラムが納めてあります。
                                       


                 安芸(秋)の宮島         山本博文追悼シンポジウム           由志園            日野神社          グリーナブルヒルゼン

NO.52    

2024 2月12日     集中力 


 旧正月から建国記念日の、三連休です。少しずつですが、昼間の時間が伸びていきます。肌に感じる風はまだまだ冷たいけれど、春への期待のような気分が少しずつ膨らんでいきます。

 ところで、2月の異名「如月」の由来ですが、まだまだ寒さが残る時期であるため、さらに衣を重ね着するという意味の説が有力なようです。一方で、漢字の「如月」が使われているのは、中国で用いられる如月(読みはにょげつ)を充てているようです。陰暦では、如月は春にあたり、西行が「願わくば花の下にて春死なんその如月の望月の頃」という歌を詠む下地にあった季節感だと思います。

 また、望月は満月のことですから、陰暦2月15日の釈迦の入滅の日に重なります。西行が、このことを踏まえて読んだ歌とも言われています。出家者として、この日に臨終を迎えたいという、西行の願いが込められているのでしょう(実際に、2月16日に亡くなっています)。今でいえば、1個月遅れの3月中旬頃でしょうか。人の寿命は、中々願い通りにはいきませんが、あやかりたいような気はします。

 他方、この歌のモチーフになっている桜は、私の一番好きな花なので、そのような思いにも誘われます。一方で、ともすれば縁ある人達と宴など催す計画を、描こうとする自分がいます。それについては、むしろ、この頃では自らをたしなめるよりは、誰にも憚らず、自らの欲するところによって動いています。やはり基本は、観たいものを見て、読みたいものを読み、会いたい人に会うということかと思います。

 中でも、会いたい人に会うというのが、やはり、一番の楽しみというか、心が安らぐ有難いものだと思います。年末から年始、それから今日まで、極力そのような思いで過ごしてきたようにも思います。いつかも述べたことがありますが、歳を重ねていくと付き合いやフォーマルな宴席などが増えていきます。気が付けば、12月だけで15~20回の宴席をこなしていたという年の暮れを何度も過ごしました。

 そのことは、年が改まってからも同様という状況でした。反面、いくら宴会等が嫌いでないといっても、そのような暮らしぶりは疲れるものです。やはり、年相応に取捨選択をしていく気持ちが強まりました。というか、体力的にもそうなってきます。もう少し言えば、その場を盛り上げたり楽しんだりする、集中力のようなものが続かなくなるような気がします。だらだらと酒を飲み、適当な会話をしているような感じです。

 もちろん、新しい人に出会うことや、久しぶりに会った人と旧交を温めるということだけでも、そうした宴席等の集まりには充分意味があります。また、呑んで語れば、ストレスの発散効果は確実にあります。それでも、先ほど述べたような、楽しむための集中力が衰えたような感じがするのは、単なる体力的な衰えや、それに伴う老化現象というようなことでもないように思います。

 何というのか、なるべく気の合う人と心安らぐ時を持ちたい~と願う気持ちが、私の中で以前より強くなっていることは確かです。したがって、先ほど述べた取捨選択をするというようなことになります。一方、集中力の衰えという視点からみると、それは誰にもあることでしょう。特に、勝負の世界などでは、集中力を切らさなかった方が勝つ、或いは勝ったというような言葉が良く聴かれます。

 そもそも、ミーハーな私はあらゆる分野に興味を持ちますので、スポーツや武道、囲碁将棋から芸術制作など、集中力が発揮される場面を良く見ます。この前の、全日本卓球選手権男子決勝の張本選手と戸上選手の試合などは、集中力云々を超えたものだと思いますが、多くの場合、ほんの僅かでも集中力の途切れた方が敗れるという光景を、目の当たりにすることが多いように思います。

 中でも、囲碁将棋の世界を見ると、そのことを一際感じます。例えば、同じ顔合わせのタイトル戦が行われている(タイトルホルダーが、前年とは逆に入れ替わっている)のをみると、僅かな間にそれ程棋力が変わるとも思えないので、対局中における集中力を維持する力の方に興味がいきます。やはり、年齢的なことやそこに至るまでの経緯などから、勝負に臨む精神状態は異なります。

 私は、そのことが集中力の持続にも影響するのだと思います。しかしながら、色々述べましたが集中力の衰えは、体力なのか年齢なのかよく解りませんが、誰にも起こることだと思います。一方で、大袈裟に集中力などと語らなくても、私の場合は、なるべく好きな人と楽しい時間を過ごしたいと願うだけのように思います。ただ、その「楽しむための集中力」というようなものもが、人にはあるように思います。

 例えば、競走馬が全力で疾走できる距離はせいぜい400m位といわれています。それを、レース全体のどこに持っていくかが、騎手の腕ということでしょうか。馬と人とを一緒にしてはいけませんが、本当の意味での集中力は、そんなに長く続くものでは無いのでしょう。



2024 1月29日     温度差 


 1月は行くという言葉の通り、2月が目の前です。その2月も逃げるといいますから、去るという3月も直にくるでしょう。時の移ろいや周りに惑わされず、成すべきことをしっかりやっていきたいものです。

 さて、昨日の日曜日は主にスポーツに関する話題で、興味をそそられるイベントがたくさんありました。必然的に、テレビ観戦に多くの時間を割く結果になりました。まず、午前中から卓球の全日本選手権の男女準決勝があり、午後になると決勝戦が行われました。特に、男子決勝の戸上隼輔選手と張本智和選手の試合では、8回のマッチポイントを凌いだ張本選手が2度目の優勝を果たしました。

 本当に、両者共に持てる技術を出し尽くした感じで、言わば名勝負と呼ぶべき内容でした。試合後、お互いをたたえ合う姿も清々しいものでした。この他、パリオリンピック代表選考に関わることや、団体戦メンバーに誰が選ばれるのかなど、卓球界に関する話題は尽きないものがあります。続いて、午前の卓球準決勝の後テレビのチャンネルを合わせたのは、大阪国際女子マラソンでした。

 こちらは、岡山に本社がある天満屋所属の前田穂南選手が、2時間18分59秒で日本記録を19年ぶりに更新する走りで見事優勝しました。3月に行われる名古屋ウイメンズマラソンの結果にもよりますが、パリオリンピックの3番目の代表に大きく前進したと思います。まぁ、こちらの方は、かつて大阪優勝の松田選手を名古屋優勝の一山選手が退けた過去もありますから、名古屋の結果を待つしかありません。
 
 もう一つ、地元岡山の話題としては、バレーボールのシーガルズが、東レアローズにセットカウント3:1で勝ちました。昨年は、調子が良くなかったようなので、良かったなという風に思います。特に、市民クラブというチームの成り立ちがあり、どうしても応援したくなる気持ちが強くなります。この他、大相撲の横綱照ノ富士の優勝と関脇琴の若の健闘などもあり、昼間はテレビ観戦に多くの時間を割きました。

 少し残念なのは、将棋王将戦で藤井八冠に挑戦している菅井八段が、三連敗目を喫したことです。本当に、今の藤井八冠の圧倒的な強さには舌を巻くばかりです。余談ですが、昨日のNHK杯の解説者として藤井八冠が登場していましたが、此方では若者らしい初々しさも見ることができました。本当に、穏やかな表情の好青年といった感じですが、どこにあのような強さが潜んでいるのでしょうか。

 一方、将棋に比べて注目度が低いのですが、囲碁界では最高峰のタイトル戦棋聖戦が、実は同じ日程で行われていました。かつての絶対王者井山裕太王座が破れ、通算二勝一敗で若き王者一力棋聖がリードする結果となりました。これも余談ですが、囲碁にしろ将棋にしろ、プロの受け取ることができる報酬が少なすぎると思います。多くの企業や経営者が、もっとそちらにも目を向けるべきです。

 私は、棋士の持つ資質や過酷な努力・研鑚を考えれば、現在の5~10倍位あっても良いのではないかと思っています。また、このことは、単なる需要と供給というような話ではないような気もします。時々、お金持ちの人の贅沢な暮らしぶりや、大金を浪費することを賞賛するような内容の番組がテレビで放送されますが、そのようなお金の一部を回してもらうだけで、プロ棋士を目指す人は増えるはずです。

 もう少し囲碁・将棋に関していえば、それらは日本人の精神性に根差した文化を象徴するもので、頭脳による闘い(武道的な)であると思います。しかしながら、その捉え方には大きな温度差があることも事実です。また、この温度差のずれに関していえば、色々な分野においてこの国の中で拡がっているものでもあります。実際、そのことを嘆きながら小欄を綴っているというのが現状です。

 さらにいえば、そのずれ幅が時と共に大きくなって行くことにも危機感を抱いています。繰り返しますが、囲碁将棋などは単なるゲームや競技というようなものでは無く、礼に始まり礼に終わるという意味において、「道」と呼ぶべきものだと思います。一方、卓球の張本選手のインタビューを聴きましたが、随分大人になったなぁと感心する部分がありました。もちろん、まだまだ身に着けて欲しいものもありますが。

 他方、卓球に限らず勝利者のインタビューなどでは、対戦相手へのリスペクトや関係者への感謝がないコメントを聴くこともありました。そこには、先ほど述べた道を貫いて行くうえで必要な礼儀や節度が、技術や技能の研鑚の陰で忘れられれている状況があるのだと思います。私は、そうしたところから、一流といわれる選手であっても、歩むべき道を踏み外すことに繋がるのだと思います。

 実は、先日九州の方へ出張する機会を得、その道の先輩方と膝を交えた交歓をさせていただきました。一見、話しかけづらく怖そうな先輩方も、礼儀を持ち胸襟を開くことにより、貴重な体験やエピソードを優しく披歴していただきました。それは、諸先輩方の熱い思いが熱伝導で伝わってくる有難い一時でもありました。感謝と共に、次世代への継承を心がけていきたい気持ちに包まれています。



2024 1月16日  時間ですよ


 早くも、1月が半分過ぎました。小欄においても、まるで慣用句のように、時の移ろいの速さに言及していますが、その頻度と傾向は今後さらに深まるのだと思います。

 さて、新年早々に発生した能登半島地震による犠牲者は、15日現在で石川県において222人(安否不明者22人)となっています。この数字だけでも、甚大な被害であることが解りますが、道路などの社会インフラから個人の住宅等が被ったダメージを見ても、実に大きな自然災害であることが理解できます。また、中々進まないライフラインの復旧に関していえば、道路の被災の影響が大きいと思います。

 それは、第一義的にいえば、ガス・水道・電気・電信等のケーブルは、道路敷地内に埋設されていることが多いからです。したがって、それらを包んでいる道路の形状がそこなわれれば、そこに内包されているそれらのライフラインとなる施設もただではすみません。特に、勾配による流下を原則とする下水道などは、僅かな地形の変化であっても大きな影響を受けることがよくあります。
 
 第二義的な理由として、被災地や被災個所の復旧に赴く際に、道路が寸断されている状況では効率的な作業は出来ませんし、補給面からも多くの時間と労力が必要です。私達は、テレビ報道などで映像を眺めるだけですが、所謂ズタズタの状態のように見えます。国交省は道路の復旧状況等を示した「道路復旧見える化マップ」を公開していますが、大規模な土砂崩れなどもあり厳しい状況だと思います。

 一方、物資や水の供給などに関しては、私が住んでいる市を含め岡山県からも支援活動が行われている状況が窺がえます。とはいえ、先程述べた道路の障害やボランティアスタッフの問題など、それらを被災者に行渡らせることが大きな課題のようです。他方、安寧に手足を伸ばして眠れるような住環境という視点から見れば、現地はまだまだ厳しい状況が続き、時間もかかるのだと思います。

 そのことは、トイレなどの衛生的視点からも大きく懸念されるところです。本当に、1日も早い復旧を願うばかりです。そのように、我が国では荒れる辰年の始まりとなりましたが、台湾では総統選挙があり、イスラエル・中東、さらにはもうすぐ丸2年を迎えようとしているロシアによるウクライナ進攻など、世界中の彼方此方で紛争や争いが続き、民主主義の行方が大きく懸念されるところです。

 まことに、文字を得てからだけでも何千年という時間を費やしてきた割には、一向に学習できないホモサピエンスという種類の人類の虚しい性を感じてしまいます。単純に考えても、人文科学や研究などによる成果は、時代の進行と共に検証され続けており、所謂データとして人類が持つ知識量は昔より増えているはずです。当然ながら、地球の持つキャパについても多くの人が容易に想像できるはずです。

 にも拘らず、無益で地球環境に負荷を与えるような争いが後を絶たないのは何故でしょうか。まことに残念で、不条理な現実というほかはありません。それでも、人は目の前の現実から逃れることは出来ず、多くの人が与えられた時間(1日24時間)内で、対応に追われながら日々暮らしているのだと思います。だからこそ、その「やらなければならないこと」をこなす時間以外の時間がとても大切だと思います。

 私の、観たいものを見て、読みたいものを読み、会いたい人に会うという基本理念(大仰ですが)もそこに依拠しています。そういう視点からいえば、この頃はまずまずかと思います。背景として、前にも述べましたが、以前よりも公的な用事を減らし、自らの感性の求める時間をなるべく多く作るように心掛けていることがあると思います。そうして、できるだけ読みたい文字や会うべき人に接しています。

 一例ですが、少し余裕ができた時間を活用し、撮りためていたビデオを見たりしています。それは、少年時代の私が大好きだった「時間ですよ」という番組です。単発シリーズでは、1960年代から1970年代に放映されました。私の琴線に触れ、大きく影響を受けたのは1971年以降にシリーズ化されたものになります。舞台は、東京下町の風呂屋(銭湯)で、そこで展開される庶民の生活を描いたドラマです。

 内容を説明するには、誌面が足りないので別の機会に譲りますが、当時の時代背景が投影された、小さな市民の生活ぶりが良く描かれた内容でした。浜さん(かつての樹木希林)等と3人コントのような場面を演じる健ちゃん(堺正章)が私ののアイドルで、学校で皆をどれだけ笑わすかを目標にしていた時代でもありました。また、この番組からは天地真理・浅田美代子といった当時のスターも出ています。

 一見、お茶らけた内容のように見られがちですが、一方で慎みや分別など、精神性とまでは言いませんが、日本人の心情が垣間見えるドラマだと思います。そういえば、私の好きな向田邦子も脚本を書いていました。随分昔のことですが、ついこの前のような気がします。時の経つのは速いものです。




2024 1月4日  年頭雑感



 あけましてお目出とうございます。私の生き方をご理解・ご指示いただいている皆様、大変お世話になりました。これからも、筋を通す生き方を貫いて行きたいと思います。本年もよろしくお願いいたします。

 さて、新たな年は、元日から能登半島を震源として大きな地震が起こり、2日には羽田空港で日航機が炎上する大事故が発生しました。能登半島地震では、依然として規模の大きな余震が続いています。一方、日航機が衝突した海上保安庁の飛行機には、この地震に対する支援物資が積み込まれていたというような話も聴こえてきます。であれば、出発を急いでいたのか~などという思いもよぎります。

 さらには、3日には北九州市の商店街で、大規模な火災が発生したというニュースにも接しました。
その前の、地震のニュースで見た輪島市朝市商店街の大火災や、羽田空港で旅客機が全焼する光景を目にした後ですが、到底手に負えないような大規模火災の前で立ちすくむ人間の非力さを強く感じました。この僅か3日間の出来事を、まるで夢の中にいるような感覚で眺めていたというのが実感です。

 まことに、どのような一年になるのかと、不安な気持ちになりがちなのは私だけではないと思います。とはいえ、箱根駅伝をはじめとするスポーツ観戦など、この時期にやりたいことはやれているように思います。というのも、思うところがあり一昨年辺りから行事などへの参加や、外に出かけていく機会はなるべく減らすようにしています。そのことが、僅かですが年末年始のゆとりに繋がっていると思います。

 そしてその分だけ、自らが関わりたいと思う人と深く関わることができているとは思います。また、読みたい本を集中して読むこともできます。今回は、読みたいというよりは読みたかった本を読みました。実は今回、私の間違った先入観などもあり、中々手にする機会が無かった檀一雄の火宅の人を読みました。まさに、作家が20年の生涯をかけて書き上げた私小説的な大作は、傑作と言えるものでした。

 私は、愛と生きることを模索する作家の性というか生き様については、渡辺淳一作品でも数多く読みました。それでも、檀一雄の凄まじいまでの行状と、言い訳しない潔さは特筆すべきものだと思います。一方で、この作品については、人生のどの時期で出会うかというタイミングもあります。実際、多くの共感できる部分などに鑑みれば、私がこの年齢になったからこそ読む機会を得たということかもしれません。

 このことは、これまでにも述べてきましたが、私にはそのような天啓のように導かれる場面があると考えています。そしてそのことは、強ち独りよがりな思い込みとも言えないものだと考えています。そのようにして、私の人間関係は構築されてきた部分があるとも考えています。しかし一方で、私は宗教的には無神論者であり、唯物論的な思考形態の人間であると、自分のことを思っています。

 それでも、先ほど述べた祖母のお墓にお参りしたり、新年を迎えると真っ先に赴く作楽神社や八幡様への初詣に出かける時、安らぎのような心地よさを感じる人間ではあります。したがって、新婦がウエディングドレスを着た結婚式にも喜んで出かけ、心から祝福する気持ちが湧いてきます。さらには、あらゆる仏式・神式の葬儀にも敬虔な気持ちで参列し、故人に対し哀悼の誠を捧げる心情も備えています。

 もう少し言えば、人と人の出会いなどに関しては、天道のようなものさえ感じる時があります。いわば、何ともあやふやな理念に基づいて生きている凡夫には違いありませんが、それで良いのだとも考えています。またこの頃思うことは、その発想の延長線上に会いたい人に会い、観たいものを見て、読みたい本を読むことを実践していこうという考え方が想起されるような気もしています。

 ともあれ、負けてたまるか大作戦の青山学院の快勝の様子、天理対帝京の好試合(ラグビー)、昨年度の王者岡山学芸館高校の粘り強い戦いぶり(サッカー)などをじっくり見させてもらいました。競技はそれぞれですが、ひたすら一生懸命に取り組むことの大切さを感じました。スマホを操作し、その職業の報酬や到達できるポストなどを検索して、自分の将来を決める人が増える中にあっては猶更です。

 かつて、この国でいわれていた石の上にも三年とか、とりあえずやってみろなどという言葉は、あまり聞かれなくなりました。また、いくら金をつまれても主義に反することはやらないという職人気質というような考え方や、それにまつわるようなエピソードも聞くことは少なくなりました。かつて欧米列強が恐れた高い識字率を備え、武士道のような高邁な精神に憧れる日本人の精神性は無くなりつつあります。

 そのような思いのもとに、20年以上も小欄を綴ってきましたが、世の中の流れは私の思いとは違う方向に進んでいることは確かです。それでも、生きている限りは警鐘を鳴らし続けていくつもりです。



2023 12月25日  しいたけ



 クリスマスです。本当に、今年もあと僅かです。そして、色々な人にお世話になったと思います。この場を借りて、行き届かない失礼をお詫びし、お礼を述べたいと思います。

 さて、昨日の日曜日は、全国高校生駅伝が開催されました。私も、朝からテレビ観戦をしておりました。圧巻だったのは、午前中行われた女子駅伝の競技場内決着というのか、神村学園のカリバ・カロライン選手の凄まじい追い上げにより、1分20秒差を逆転した劇的な勝利です。因みに、彼女は、同校のキャプテンでもあり、試合後のインタビューを聴いても非常にしっかりした印象でした。

  カリバ・カロライン選手は、選手としてだけでなく、人としても好印象を抱かせる人であったと思います。他方、連覇を期待した岡山県の倉敷高校は、惜しくも2位という結果でした。スーパーエースサムエル・キバティ選手の快走はありましたが、佐久長聖高校のハイレベルな総合力の前に、一歩及ばずというところでした。とはいえ、全国2位は立派な成績です。胸を張って岡山に帰って欲しいと思います。
 
 一方、皮肉なカレンダーとでも言いましょうか。昨日の24日の日曜日は、クリスマスイブになりました。大人の世界では、日曜日のイブにどんなに盛り上がったとしても、或いは特別な人と特別な夜を過ごしたとしても、まぁ、月曜の朝少し眠たいなぁという程度のことですむのだと思います。タイトなスケジュールにも対応できるでしょう。しかしながら、子どもがいる家庭では、そう簡単な話でもないようです。

 まず、まだ冬休み前であれば、子ども達を起こして通学のための支度を促す必要があります。もっとも、クリスマス当日の朝は子ども達が早起きしがちではありますが。一方の、サンタになる側の大人についていえば、仕事に赴く必要があることは想像に難くありません。そんな慌ただしさの中で、目覚めた子供達とサンタさんからの贈り物を確認し、喜びを分かち合う一時をもつのは中々大変だと思います。

 そのような意味でいえば、クリスマスイブは金曜日位が最も有難いということになるのでしょうか。先程の話は、一般的なサラリーマン家庭でのお話ですが、世の中、聞いてみないと解らないことは本当にたくさんあります。聞いてみないと解らないことといえば、人の趣味嗜好などについてもいえることです。まことに多くの人々が、見た目からは想像できない趣味や特技を持っていることは良くあることです。

 さらにいえば、食べ物の好みなどもその範疇に入るものだと思います。ところで、私は椎茸が嫌いです、というか食べられません。このことには少し説明が必要ですが、学校給食が大きく影響しています。昭和30年代、私達が食べていた給食は、今の子ども達が食べているものと比べると、随分粗末なものであったように思います。その上、私はひどい偏食の子どもでしたから、本当に給食の時間が嫌でした。

 私が一年生の時の担任の先生は、新任の女性の先生でした。そして、所謂「やる気」という熱意に溢れた人でもありました。そういう訳で、好き嫌いの激しい私の偏食を直すために、毎日マンツーマンで私の前に座りこみ、完食を促すような人でもありました。通常、小学一年生の下校時刻は、遅くても3時には家につく時間帯です。しかしながら、当時の私はいつも5時を過ぎてから帰宅しておりました。

 これには、父親が学校に掛け合ってくれ、早く帰れるようにはなりました。一方で、若い先生の熱血指導による負の成果として、私は椎茸が食べられないという現実が残りました。当時、学校給食のメニューには八宝菜が良く出てきました。そこに椎茸が入っている訳です。件の熱血先生も、5時になれば帰る必要があり、そこで私の口を開けさせ、アルマイトのスプーンで救ったそれを流しこむことになります。

 もちろん、先生は私のことを思い「良かれ」と思う一心からされていたことに違いありません。しかしながら、幼少期の体験というものは大きなものがあります。私は長じて建設現場で過ごした間に、殆ど何でも食べられるようになりました。それでも、原形をとどめた椎茸を口に運ぶと、自然に吐いてしまうのです。その食感に触れた途端に、条件反射的に吐きだしてしまいます。まるで、パブロフの犬です。

 実際、私は建設現場等における体験を通して、随分色々なものを食べてきました。まことに、訳の解らないようなものも口にしてきたと思います。しかしながら、椎茸が食べられないということだけは治りませんでした。繰り返しになりますが、如何に幼少期における体験が、その後の人生に大きな影響を及ぼすかということの一例だと思います(大袈裟ですが)。まことに、子どもに対する大人の対応は重要です。

 今、大人になって考えてみると、八宝菜には木耳だろう~という思いがしますが、木耳と椎茸ではコストも違うのでしょう。余談ですが、木耳の入った八宝菜や五目あんかけ焼きそばは、私の好きな食べ物の範疇に入ります。あの時の八宝菜に、椎茸でなく木耳が入っていれば~



2023 12月11日 感情から灌頂



 12月初旬が過ぎました。今年も、あと僅かです。今年は、選挙があり、改革しなければならないことも幾つかこなしました(継続中もありますが)。多忙ながら、充実した年であったとは思いますが、さほどの達成感や充実感はなく、茫然として他人ごとのように自分を見ている気分です。

 そういえば、あまり物事に執着しなくなってきたなぁなどと考えたりしますが、その一方で、おやつのチョコレートの銘柄に拘ったりしますので、煩悩への執着が抑えられているということではないようです。やはり、一年間の疲れと応分の老いが、私の頭の中にそのような感情を抱かせているのだと思います。まことに、人の感情というものは多様であり、他かからは計り知れないものであることに違いありません。

 そのような、ややぼうっとした朝、何気なくテレビをつけて番組案内を見ておりますと、あさのEテレの欄に「こころの時代」という項目が見えました。ご存じの方も多いと思いますが、宗教・人生などについて、多様な事例や人物を題材にして考えさせてくれる番組です。私も、時々観ます。もちろん、それは自分が好きな分野や、時々に興味を持ったテーマの時に限られることはいうまでもありません。

 また、私はあまり番組表を意識して生活していないので、観たいと考えていたものを見逃すこともあります。今回は、運よく「空海の風景」を前・後編とも見ることができました。なんというのか、司馬遼太郎生誕100年にあたる今年は、空海生誕1250年にもあたるそうです。基本的に、2002年に制作された「空海の風景」という番組をひもときながら、宗教学者山折哲雄氏と僧侶白川密成氏が語る形式です。

 前編では、空海の誕生から遣唐使として入唐しするまでを描いています。そこにおける、作家司馬遼太郎の文章といえば、徹底した取材と果てしない思索に立脚しており、まるで主人公が本当に語るがごとくの筆致であると私は考えています。すこし、話はそれますが、若い頃「その時龍馬が~」とか「松陰こう語る~」などと熱く語り、聞いている先輩方から「お前見たんか」と窘められたことがあります。

 つまり、それだけ司馬遼太郎の文章というものは、まるで主人公に本当の命を与えた如く、いきいきと蘇らせるものだと私は考えています。また彼は、空海の風景を通じても空海の天才を存分に評価しています。引きたいエピソードはたくさんありますが、例えば、室戸岬の洞くつで空海が大日如来と一体化する時の感覚を、まるで自分自身が体感したような感動を持って描写しています。

 他方、遣唐使船で漂着した時の難渋については、遣唐使がいくら手紙を書いても取り合ってもらえない中、代わりに空海が認めた書によって、たちどころに日本からの使者であることが認められたことなど、空海の天才ぶりは活写されています。また、これは当然のことでもありますが、空海が土木・建築・薬学をはじめとする多岐に渡る学問に精通していたことが、エピソードと共に披歴されています。

 結果的に、学僧という立場で入唐した空海は、真言密教恵果七代祖師から三か月の間に三度の灌頂を授けられ、真言密教八代の伝法者となります。ここでも、司馬遼太郎は恵果和尚に「お前が来るのを待っていた」と空海に向かって言わせますが、そこに矛盾は感じられません。また、このこころの時代~宗教・人生という番組の大切なところは、前述した山折さんと白川和尚の語りの部分にあると思います。

 特に私は、少しお年を召された山折さんが、司馬さんのことを語る時の嬉しそうな顔がとても好ましく感じられました。そういえば、かつてテレビで河合隼雄さんや司馬さん、或いは梅原さんたちと宗教を題材にした対談や鼎談をされていたなぁと懐かしく思い出しました。ところで、今回は冒頭の書き出しで感情という言葉を使いました。実は、その音から灌頂という言葉がふと浮かんでしまいました。

 その音から、少し前に見たテレビ番組の内容を思い出し、徒然なるままにここまで書き進んでしまいました。本当に、単なる思い付きです。それでも、灌頂について少しだけ触れておきますと、ウイキペディアには、灌頂とは菩薩が仏になる時、その頭に諸仏が水を注ぎ仏の位に達したことを証明することと出ています。密教においては、頭頂に水を灌いで諸仏や曼荼羅と縁を結ぶ大切な儀式となるようです。

 私は、その儀式にも興味を持ちました。しかし、本当に強く影響を受けた考え方として、本当の極意は口述により一対一で伝授するという考え方です。私は、人間だけが、言葉や文字により次世代に何かを伝えられると日頃述べていますが、やはりそれだけでは伝えきれないものがあるという考え方には、大きく頷かされるものがあります。何というのか、魂の部分を伝えなければならないのだと思います。

 実は、そのことで最澄と空海の関係が壊れてくという話もありますが、「見てない」後世の人間には解らないことでもあります。それでも、上質の文章や映像の力を借りて、古い時代のことを考えたり、こころの問題を考えてみるのも、たまには良いことだと思います。



2023 11月28日  消息確認



 11月も終わりですね。本当に、何かを成すというほどのこともなく、めまぐるしく日常が過ぎていきます。いずれにしても、師走は目の前で今年も残りわずかとなりました。

 本当に、あっという間に短い秋が過ぎました。中々、じっくり読書に勤しむ時間もありませんが、山本博文著のつながる日本史だけは読むことができました。追悼シンポジウムで、高名な先生方が推奨されていた通り素晴らしい内容でした。今まで、パーツパーツで掘り起こすようにして身に着けてきた知識が、明確につながるような内容でした。頷きながら、あっという間に読み終えたという印象です。

 またこの本は、いつでもどこからでも読みかえすことができる内容でもありました。私にとっても、有難い一冊となったことはいうまでもありません。本来は、耽溺するように本を読みたいところですが、目先の忙しさに追われて過ごすのが凡人の情けなさです。そうした状況下、せめてもと思い手を伸ばすのが週刊誌です。といっても、私の場合は新潮と文春の二誌に限られてはいますが。

 読後の充実感という意味では、文庫本に比べるとコスパは良くないと思いますが、何人か気に入っている人のコラムがありますので、投資価値(大袈裟ですが)はあると考えています。また、新潮を読む一番大きな理由は、ご高齢となられた五木寛之氏の消息確認という意味があります。ページを開いて、「生き抜くヒント」というタイトルを見つけると、ほっとするような気持ちになります。

 それに似たことは、文春の方でもありまして、伊集院静氏の人生相談「悩むが花」を愛読しておりました。歯に衣を着せず、昭和生まれの私達が頷けるような回答をバシバシやっておられたと思います。途中、クモ膜下出血で倒れられ休筆したこともありますが、その後は健康を回復されていたのだと思い込んでいました。それが、残念ながらこの11月24日に亡くなられました。

 少し前、「こんなつまらない質問を相手にやっとられるか」といって、文春での連載が打ち切られました。その時は、直近の極端な回答内容と考え併せて、何かあったのかなぁと思っておりましたが、今から思えば、内面に抱えた病気が一連の行動に影響していたのだと思います。元々奔放な人だという印象はありましたが、本当にそれまでとは違った苛立ちのようなものを感じさせる回が続いていたからです。

 伊集院静といえば、何といっても、夏目雅子の旦那であったことが私の心に残っています。「伊集院さんって、薔薇とか檸檬とかかけるのよ」と、新妻らしく寿司屋でのエピソードを嬉しそうに語る花形女優の、弾けるような笑顔は今でも忘れられません。私もご多聞に漏れず、そのような場面を想定しつつ漢字の練習に励んだこともありますが、実際には、簡単にそんな場面が来ないのが人生でもあります。

 また、阿佐田哲也に師事するなど、ギャンブル愛好家としての一面が私の触手をそそらせる人でもありました。愛妻夏目雅子を不治の病で失った後、ボストンバックに現金を詰め込んで全国の競輪場を何年も行脚していたという話は、有名なエピソードだと思います。文学的には、機関車先生・うけ月・遠い昨日・三年坂・オルゴール…色々読みましたが、それ程感銘を受けたという訳ではありません。

 むしろ、自由奔放な物言いや行動に触発される部分と、それでも堂々と生きて行こうとする姿勢に惹かれる部分があったように思います。どんどん、やんちゃな人が生き辛くなっていく世の中で、自身を貫いた人でもありました。何というのか、昭和は遠くなりにけり~という思いがします。ただ、今は、ご冥福をお祈りしたいと思います。いずれにしても、人が人から受ける印象や影響は様々です。

 そう考えると、誰からも好かれる必要はなく、理解してくれる人に解ってもらえば良いという考え方にたどり着きます。元々私は、誰かに解ってもらおうというような気持ちを、あまり持ってはいませんでした。しかしながら、この頃では理解してくれる人、或いは解り合える人がいることの有難さと大切さを強く感じるようになりました。そうした意味からいえば、出会う人には恵まれた人生だと考えています。

 やはり、時々は気になる人の消息確認をして置いた方が良いようようですね。存命中に、もう少し話したいことがあったなぁと思う人を失うと、そのような思いは一層募ります。またそれは、誰にとってもいえることでもあります。親鸞曰く、人は皆、明日の命も約束されていない煩悩具足の凡夫の身です。誰の身にも、死は必ず訪れる訳ですから、生きている時間を大切にしなければならないのだと思います。

 これから、師走を迎え宴会などが増えます。できるだけ、心の通い合う人達と、楽しい時間を共にしたいと思うのが人情でもあります。素直に、煩悩具足の身を任せて行きたいと考えています。




2023 11月14日  間合い



 11月中旬を迎えました。立冬を過ぎて、それなりに寒さも増してきました。特に、ここ数日は冷えてきたように思います。一方で、イメージ的には秋を味わう期間が少なくなったような、損した気分がします。

 さて、そうした個人個人による季節の移り変わりに対する体感などには関係なく、世の中の行事はカレンダー通りに進んでいくものでもあります。大相撲も、今年最後となる九州場所が始まりました。横綱の休場には批判がつきものですが、照ノ富士の三場所連続休場で今回も横綱不在の場所となりました。先場所における、11勝での貴景勝の優勝など、内容的にも今一つといった感じは否めません。

 ところで、相撲といえばテレビの中継を見ていて、仕切り時間が気になるところです。というか、子供の頃見ていたテレビ中継では、取組から取り組みまでの仕切り時間がとても長く感じられたものです。それが、この頃では丁度良い感じになりました。むしろ、取組の間にチャンネルを変えたりすることがあり、取組そのものをリアルタイムでみる機会を逃したりして、仕切り時間が短いと感じることさえあります。

 やはり、これも私が年齢を重ねたことによるものなのだと思います。他にも、例えば陸上競技の長距離種目などは、若い頃にはスタートからゴールまで見続けることが、まどろっこしいようなところがありました。つまり、その時間が長く感じられていたのだと思います。しかしながら、この頃では、女子でも4分を切るような1500mなどを見ていると速いなぁと思いますし、中継時間も短く感じます。

 同様に、駅伝中継でいえば一区間20km位ある箱根駅伝が、この頃では見ごたえがあって良いなぁという感じです。この、肌で感じる時間の流れに関する感覚は、多くの人が私と同様に感じていることだと思います。また、そうした価値基準というか物差しによって、世の中の時間枠やタイムスケジュールが設定されるのだと思います。一方で、先ほど述べたように、年齢による感じ方の差は当然あります。

 他方、人間の感覚には他者との距離感、間合いというものがあります。先日の、棗田選手が広島県勢初優勝を達成した全日本剣道選手権大会や、講道館杯全日本柔道体重別選手権大会などでは、武道として、或いは競技としての間合いの意義や意味について、強くその存在感を感じました。この間合いについては、簡単に語れるものではありませんが、年齢と共に感覚が変わる部分はあると思います。

 そのような視点からいえば、同じ人物であっても、対峙していて「こんな人だったかなぁ」と思うこともあるでしょう。また、当然ですが、夫々の性分というのか価値観によって、他者との間合いが近い人や遠い人などがあります。まことに、千差万別といったところでしょう。さらにいえば、そうした間合いの中には、何とも気まずいと思うものや、反対に、とても心地よいと感じられる間合いがあります。

 当たり前ですが、多くの人が出来ればこの心地よい間合いで他者と接したいと願うはずです。ところが、そうとばかり行かないのが人の世の常でもあります。もう少し踏み込んで言えば、議員活動などをしていると、意に反した間合いによる会談や、そもそも、間合いなど関係ないやり取りをしなければならない場面に度々遭遇します。もちろん、そのようなことは承知のうえでやっていることではあります。

 また、自らの体験を通して言えば、そうした草臥れるやり取りの中から、人として生きる道を見出してきたのが、私の人生であると考えています。少し言い方を換えれば、不条理や理不尽なことに対する耐性は、子供の頃から養っている方だと思います。しかしながら、それが生来の本性と言い切れるものでもないので、まったくストレスが溜まらない訳では無いというのが実状です。

 少し話がそれましたが、人が生きていく上では自分以外の人(他者)との関りが不可欠です。したがって、間合いに関する感覚もとても大切だと思います。そこで思うのは、できれば優しい間合いでいられる人達と関わって暮らしたいと願う気持ちです。このことは、私以外にも多くの人に備えられた感情だと思います。また、そうした願いのような感情は、年齢と共に深まっていくものであると思います

 つい最近のエピソードですが、私も同じような感覚を備えた人達と居心地の良い間合いで、心温まるやり取りをすることができました。どれもが、意義ある充実したものでした。さらには、そこから派生して、年末の集いというか楽しい計画(企画)もいくつかできました。結果的にという表現になりますが、私の場合、同じようなインタフェースを備えた仲間が、年齢と共に増えてきたことに感謝したいと思います。

 まことに、心もとない人間力しか備えていない私ですが、これからも居心地の良い間合いの人間関係を、少しでも広げていきたいと願う気持ちは強くあります。自然体で、頑張りたいと思います。



2023 10月30日  出会いの妙



 霜降を過ぎ、立冬まで一週間です。あっという間に10月が終わります。決まり言葉のようですが、年と共にその速さも増していく感じがします。本当に、実感として。

 そういえば、かつてGODIEGOと書いて、ゴダイゴと読ませるバンドがありました。ガンダーラなど多くのヒット曲を持ち、テレビに出ない日が無い位活躍していたと思います。私は当初、ゴダイゴ→後醍醐天皇のイメージの命名かと思っていました。しかし、ある時英語名のスペルを見てGO DIE GOとなっているのを見て、「死に向かって突き進んでいく」というような意味と捉え、凄いなぁと思っていました。

 しかしながら、調べてみると「生きて、死んで、生きる」という意味らしく、不死鳥とか輪廻転生をイメージしているようで、実は、ポジティブな意味だったようです。実際、私が想起したような意味合いもないことは無いと思いますが、世の中には聞いてみないと解らないことがたくさんあります。ところで、前回の更新から二週間が経ちましたが、相変わらず日常は多忙ですし、予期せぬ出来事も起こります。

 まず、私自身のテーマとしても取り組んでいる地域の環境問題に関していえば、議会質問などを通して条例制定を目指して取り組むことが決まりましたが、これを受け、業界団体の中四国支部長他役員の方々から、市長との意見交換会を打診され設定しました。実に有難い出会いであり、産廃であれ何であれ、物品の保管は適正に行われるべきである~という考え方は、私とまったく一致するものでした。

 当日は、一歩踏み込んで取り組んでいくことで、邪な業者にプレッシャーをかけ住民の安心を担保することに繋がることなどについて、市長をはじめとする市の執行部と積極的に意見交換をしていただきました。市長も、大変心強く感じていると述べ、積極的に対応していく決意を新たにしていました。本当に、この度の訪問は有難いものであったと考えています。私も、出来る限りのことをしていきたいと思います。

 また、前回少し触れましたが、本市の文化センターで行われた舞台(沼にはまった淑女たちという芝居)も鑑賞することができました。一言だけ感想を言えば、出演された女優陣の力量で見ごたえあるお芝居になっていたと思います。余談ですが、羽田美智子さんの醸し出す、天然のようなそうでないような雰囲気がとてもチャーミングで、好感が持てる気がしました(個人的な好みもありますが)。

 そして、何といっても私にとってのハイライトは、山本博文追悼シンポジウムを見に行けたことです。この催しは、市内のホテルで行われました。第二部のシンポジウムに先駆け、故山本博文先生に縁のある大学の先生方が、その人となりや影響を受けたエピソードを講演という形で披歴してくれました。いずれも、趣のある内容でした。必然的に、時間が押してしまうのも仕方がないなぁという気がしました。

 聞けば、東大歴史編纂所のしきたりで、上司であっても「先生」と呼ばず「さん」づけでやるしきたりだそうですが、山本さんは率先してそのような指導もされていたようです。まさに、生前の穏やかな笑顔が偲ばれるところです。また、知恵泉をはじめ多くのテレビ番組に出演され、優しい眼差しで、歴史に関する的確な解説をされていた様子から、各先生方が語られる思い出やエピソードに頷かされました。

 実際、このイベントを通して、多くの生きるための糧をいただきました。一つだけ、我が意を得たりと思うものを挙げます。それは、山本さんが弟子ともいえる後輩に残した言葉の一つで「分かり易くすることは、水準を下げることではない」というものです。まさに、「難しい研究成果や技術について、素人にも解るように説明する」という技術士論文に求められているものと一致するものだと思いました。

 私のような、在野の人間が語るのはおこがましいのですが、それを聴いた時、本当に我が意を得たりという気がしました。そして、専門外のことにも興味を持ち、第40回日本エッセイストクラブ賞を受賞されるなど、圧倒的な才能を持たれていた人だと思います。そのことは、講演された先生方が、異口同音に語っていた「こんな人になりたい、けど、なれないと感じた」という言葉が表しています。

 実は、山本さんは私の一学年上(学校は違いますが)の人です。ほぼ同時期に、同じ町を歩いていたのだと思うと、じわりと親しみに似た感慨が心に浮かびます。一度だけですが、本市で講演された後の懇親会で、当時のお話などをさせていただいたことがあります。既に、病を得られておりしんどい中、秀才の過ごした故郷の話などを聴かせていただきました。今から思えば、貴重で有難い思い出です。

 もちろん、やんちゃで過ごした私達とは全く違う青春時代だったと思います。が、当時は、日本にもこのまちにも活気があり、内に秘めたエネルギーを宿していた時代です。後の大先生も、同じモダン焼き屋をご存じであったことに、何となく嬉しくなった記憶が甦ります。



2023 10月16日  自分らしく 



 10月も、半ばが過ぎました。何か、一気に涼しくなったような気がします。本当に、凌ぎやすくなりました。悲鳴を上げている地球さえ、折り合いを付けようとしているのに、また新たな紛争が起こるなど、人間の愚かさばかりが目についてしまいます。

 事程左様に、人間というものは愚かなものだなぁと嘆息する事例は、何も世界や日本の社会情勢だけにみられるものではありません。普段の、私達の日常生活の中においても、それは茶飯事のように見かけられるものです。例えばそれは、価値観や見解の相違というようなことではなく、他者の足を引っ張るためにだけ奔走する光景であったりします。そのような所業をみると、本当に情けなくなります。

 一方で、歌の文句ではありませんが、いかに正義の道を行くとはいえども、身に振る火の粉は払わなければなりません。それでも、不毛な議論に付き合うのは草臥れるものです。と、開口一番の愚痴をこぼしたところで話を変えたいと思います。まず、月初めに同級生達と行った小旅行は、本当に楽しいものでした。杯を重ね、お互いの近況を語り合うだけで、これほど心が満たされる会は他にはありません。

 実際、夫々が夫々のキャラクターに基づいた役割を果たし、ボケたり突っ込んだりしながら繰り広げる珍道中は、この頃では微笑ましささえ感じる部分があります。一方で、少し足腰が弱った仲間のために、各自がそれとなく気配りをしたりするような場面も増えました。そんな時、かつてのやんちゃ坊主たちは、いつの間にかひけらかさない優しさを備えた大人になっているんだなぁということを感じます。

 そのような、表面上のウイットに富んだ会話の中に込められた優しさに包まれながら、お互いが同時代に生まれたことに感謝しあえるということは、本当に幸せなことだと思います。改めて、同級生に感謝したいと思います。さて、それからわずか2週間しか経ちませんが、世の中はめまぐるしく変化しています。とはいえ、ラグビーワールドカップはアルゼンチンに敗れ予選敗退となりました。残念です。

 また、ハマスによる突然のイスラエル攻撃など、世界的な政情不安は深まり続けています。中々、明るい話題がありませんが、藤井颯太8冠達成というのがせめてもの救いでしょうか。一方で、旅行時に重なったボクシングの試合については、帰宅後ビデをで充分に検証してみましたが、カネロの勝利に終わった試合結果も内容も、私には好ましいものではありませんでした。こちらも、やや残念です。

 それでも、棄てる神あれば拾う神ありという言葉もあります。まずは、議員として取り組まなければならない取組に対して、関係する団体や組織の人から情報提供や連携の打診をいただきました。ことのことは、これまでの私の活動を見ていただいたうえでのことなので、とてもありがたいことだと考えています。さらには、浅学菲才の私の身に余る評価をいただくような場面もありました。

 そして、忙中閑を探して、会いたい人に会うという私の行動規範も何とか貫いています。日頃から、私の考え方や生き方に共感していただき、暖かく接していただいている人と親交を深めていくことは、それが何気ない会話であっても、とても癒される一時です。そのようにして、僅かな間にジオラマの人、テニスの人、エンジニアの人、恩師、同級生、理解者などと親しくお話する機会を持つことができました。

 もちろん、会いたい人に会い、見たいものを見て、読みたいものを読むということを、全て充足できる形で行えるわけではありません。この2週間は、どちらかというと、読みたいものを読むということに関しては物足りない感じでした。実際、活字といえばもっぱら新潮や文春に依存していました。また、見たいものを見るの方も同様ですが、それでも、BSの番組で映画カサブランカを見ることができました。

 やはり、何度見ても良い映画だと思います。「昨日どこに居たの」「そんな昔のことは覚えていない」「今夜はあえる」「そんな先のことは解らない」や、「君の瞳に乾杯」、時の過ぎゆくままにという楽曲など、だれもが耳にし、どこかで使った台詞やメロディーが流れている映画です。後に、ジュリー(沢田研二)が唄った、「ボギー、ボギー、あんたの時代は良かった~」を感じさせる映画だと思います。

 また、私は結構ミーハーでテレビっ子でもありますので、ドキュメンタリー番組などを中心にテレビも良く見ている方だと思います。といっても、統一教会やジャニーズ問題など、体たらくなジャーナリズムと訳知り顔のワイドショーには辟易していますが。まだまだ、テレビの影響力は大きいものがあります。事実、ウエストランドやドル―りーさんなどの話題は、岡山の地方都市を随分アピールしてくれたと思います。

 といった感じで、今回は、徒然に私の日常をお話しました。たわいもなく、とりとめもないお話ですが、何となくでも私の暮らしぶりが伝われば幸いです。色々なことがありますが、とりあえず自分らしく生きていきたいと考えています。自分らしくね。

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